山陰海岸の魅力的ところ、伝説より

竹野川が、丹後半島を蛇行しながら縦断し、日本海へと注ぎ込みます。後ケ浜海岸の白い砂浜が広がり、立岩が威嚇するように、海上にそびえ立つのが眼前にあらわれます。
高さ約三十メートル、周囲約一キロもあり、京都百景にも選ばれている巨大な玄武岩がこの立岩。この自然岩が、大江山の鬼退治伝説の最終舞台だと言われています。
近くの竹野神社に残る「紙本著色大明神縁起」が色彩細やかに五段構成の物語としてこの伝説を描いています。

今から約千四百年前、南約五十キロにある大江山にすむ三匹の鬼が非道の限りを尽くしていました。見かねた推古天皇がその征伐を聖徳太子の異母弟の麿子親王に命じました。親王は伊勢神宮に参拝し、七仏薬師像を彫って退治を祈願しました。四天王の部下や神犬、神馬を従えて鬼と激しい戦いを繰り広げ、授かった神剣の力で二匹を退治しましたが、一匹が逃走しました。はるかかなたの立岩まで追いつめた親王は、必死に抵抗する鬼を岩穴に落とし入れ、七仏薬師の加護で天から大岩を落下させて鬼を閉じこめた、といわれています。
かつて江戸時代には、霜月(十一月)丑(うし)の日に「鬼祭り」が行われ、立岩に米を供えて鬼の魂を鎮めたといわれています。岩の入り口には今も小さな祠(ほこら)があり、お参りする人の姿が見られます。
立岩は、その毅然とした姿から芸術の材料にもなり、被写体としての魅力にあふれています。夏は照りつける太陽に向かい、冬はたたきつける波浪や吹雪に身じろぎもせずに凛とした様子をみせています。

一帯は弥生期の竹野遺跡や古墳期の産土山古墳、神明山古墳などの遺跡も多く、古代ロマンの宝庫にもなっています。