天橋立の鳥たち

天橋立には、野鳥がたくさん生息しています。
白鳥、鴨、白鷺、鵜、などなど。
ウミネコやカモメはあまりに有名です。
鳥の愛好家の方は、この野鳥目当てによく来られます。

さて、みなさま、ウミネコはご存知ですか?
ウミネコは、カモメによく似ていますが、実はカモメより一回り小さいのです。
ウミネコとカモメを見分けるのは、鳴き声。
ウミネコはその名前の通り、「にゃあにゃあ」と鳴くそうです。
これは丹後に伝わる豆知識として、子ども頃、漁師さんに教えていただきました。

鳥や動物を見つけるのも、丹後の魅力のひとつ。
NWしながら、じっくりと周りの景色に目をこらしてください。
愛すべき動物と目が合いますよ。
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丹後半島の美しさ

春めいてきた丹後。
NWも楽しい季節になってきました。
春になると、丹後でも桜が花開きます。丹後の春は早足で五月くらいには夏を感じさせる空になりますが、この美しい水彩画をみるような短い春を楽しみに、ぜひともみなさんには訪れていただきたいのです。
一口に丹後、といっても、土地によってそれぞれ、景色がまったく違うのが丹後というところ。
山側ののどかな田園風景と、海に近い地域の雄大な様とでは、感じるものがまったくちがいます。
私のNW計画は、この丹後半島を一周してみることです。

そしてNWを楽しむかたわら、写真を撮るのもお忘れなく。
丹後は全国から、写真をとる人が目指して訪れるほど、写真に映える景色を有したところです。
宮津市からもっと半島に沿い奥へ行くと、伊根町という港町があります。伊根町内湾は、かすみがかった水面が有名で、霧や霞の影響で、見えるはずの景色がみえない日があったり、また見えなかった景色が見える日があったり・・・日替わりに様をかえます。
ここには特におおくの写真家があつまります。

丹後には見所がたくさん。
天橋立は日本三景に選ばれるほどの美しさです。そしてそれをとりまく風景も、ため息画でるような美しさです。
天橋立は上から見下ろすのが一番美しいとされていますが、天橋立と周辺の海だけに人は魅せられたのではなく、天橋立を中心に丹後国を広く見て、ため息をついたのでしょうね。
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海の幸豊富な丹後

今月初旬に丹後の水産物を紹介する「地産池消フェア」が京都市内で行なわれました。
早朝に届いたばかりの丹後グジやカニなどが並び、市民1500人が買い求めるために詰めかけました。
京都府漁業共同組合がはじめて開催した今回のフェア。連合会は水産資源管理に力を入れていて、アジアで初めて資源管理に優れた漁法として国際団体から認証された独自の分離曳網模型なども展示されました。
販売コーナーはオープンしたと同時に人が殺到して2時間あまりで完売。
日本海の荒波で育ち、身が引き締まった「伊根ブリ」を解体する様を公開したり、試食したりと楽しい企画もあり、訪れた人は丹後から運ばれた味覚を満喫する一日となりました。

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15日の定例会は雨天のため・・・

本日はノルディックウォーキングの定例会でしたが、雨天のため中止になりました。
3月にまた定例会が行なわれますので、みなさん、どなたでもご参加ください。

ノルディックウォーキングは健康にも心にもいいウォーキングです。
一人で歩くのももちろん楽しいのですが、会話しながら正しい姿勢で楽に歩くことは、心身に本当にいい影響を与えます。寒い時期でも体は内側からあたたまり、けっこうな速さで歩いても息切れせずに苦しくなく、無理なく続けられます。
隣を歩く方に親近感が湧いて、仲間が増えるのもノルディックウィーキングの特徴です。
春になれば、お天気の日も続き、外に出てみたくなる日、是非、いっしょに天橋立を歩きましょう。
そして、天橋立のいいところを再発見、魅力を見つけましょう!

春のように

今月9日の話です。丹後はまるで春のような暖かさになりました。4月上旬なみのあたたかさで19度まで気温があがりました。京都府下では、菜の花が咲き始めるところもありました。この開花、去年と比べると一週間ほど早いとのこと。3月には完全に見ごろを迎えて4月初めまで楽しめるということです。

今日の丹後のお天気は曇りです。最近は曇り続きですが、朝夕以外はそれほど気温は下がらず、暖かい日が続いています。
今日は建国記念日です。楽しい休日をお過ごしください。
ノルディックウォーキングにもいい季節になってきますね。
皆様に丹後でNWを楽しんでいただきたく、お待ち申し上げております。
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智恵の餅


NWで汗を流すと、甘いものがほしくなりますね。智恩寺参詣後の一服に、と立ち並ぶ4件の茶屋。ここには天橋立名物のお餅があります。
「三人寄れば文殊の智恵」のことわざで知られる文殊菩薩にあやかって、餡がたっぷりとのせられた柔らかなこのお餅を食べると、智恵がつくと言われています。智恵の餅の歴史は古く嘉暦年間まで遡ります。NWで天橋立を堪能したあと、智恩寺を参拝してこのお餅をいただいて一休み。

よしの茶屋
  0772-22-6860 8:30~17:30
彦兵衛茶屋
  0772-22-3285 8:30~17:00
ちとせ茶屋
  0772-22-5807 9:00~17:00
勘七茶屋
  0772-22-2105 8:00~17:00
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天橋立の見所

天橋立の眺めは、次にあげるものが有名です。特に人気の高い斜め一文字と飛龍観です。

斜め一文字は北側の傘松公園からの天橋立の眺めです。名前のとおり斜め一文字に見える景観からその名がつきました。
飛龍観は文珠山の山頂にある天橋立ビューランドから見る南側からの眺め。龍が天に登る姿に見えることからその名前がつきました。
一字観、これは西側の大内峠一字観公園からの天橋立の眺めです。天橋立が横一文字に見える景観からそのように呼ばれています。
雪舟観は雪舟筆「天橋立図」有名です。東側からの天橋立の眺めです。

天橋立駅近くの見所には、廻旋橋という有名な橋があります。
これは、天橋立の大橋立と小橋立を結び、橋の中央部分が90度回転する可動橋です。1923年に人力で動く橋が完成し、1957年から現在の電動式になりました。当初は、遊覧船などの大型船を通すために橋を回転させていましたが、2009年には、船が通らないときも回転させるようになりました。

知恵の輪灯篭も見所の一つです。
廻旋橋の脇に立つ灯篭。元々近くを往来する船の安全を祈って建立されました。この灯篭の輪を3回くぐり抜けると知恵が授けられると言い伝えられています。

智恩寺はあまりに有名ですね。
808年(大同3年)に創建され、古くから知恵が授かる文殊信仰の寺院として知られています。境内には重要文化財の多宝塔もあります。

磯清水は名水として知られています。
砂嘴にある井戸で両側が海であるにもかかわらず、飲んでも塩分を感じない不思議な名水とされています。環境省選定の名水100選にも選ばれています。

クラブ関東の定例会に参加しました

ノルディックウォーキング・クラブ関東(NWCK)の定例会は毎月第3土曜日に東京・亀戸でやっています。午前中は一般向けの講習会が開催されていました。クラブ関東には協会認定指導員が多数いるため、少人数制でゆったりと指導をしています。

午後はクラブ員中心の練習会とミーティングです。先日は4kmほどのNWとビデオチェックでした。トライアングルのコースを歩くことによって、「後方」「横」「前方」からのフォームを撮影してもらえます。撮影したビデオは会議室のテレビでチェック。何度もリピートしたり、スローで見たり、自分のフォームを見ることはなかなかできないので、ビデオによって問題点を再チェックしました。またアドバンスインストラクターから的確で事細かなアドバイスをいただきました。今回は指導員の試験を近々受ける方が数名いたため、事前チェックができ、今後のフォームに反映していくことでしょう。
ミーティングは、東京の日本橋~銀座~日比谷などをNWする「チャリティイベント」や「スキーイベント」や「講習会」などの打ち合わせで終始していました。

宮津天橋立においても「丹後らしい」イベントを開催して、全国からNW愛好者が集まっていただければと思います。


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丹後も節分

二月三日丹後の節分には、籠神社や巌分祀で節分大祭がおこなわれます。
節分とは二十四節気の起点、年の初めに当たります。この節分の日には追儺・豆まきなどを行います。神社では祭儀を執り行い、豆まきをして厄災を退け、無事を祈念いたします。また、神籬などをたてて、その神社のおまつりしている最高神をお招きして祭儀を執り行います。


     
節分(せつぶん、または、せちぶんともいいます)は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことです。節分とは「季節を分ける」ことをも意味しています。特に江戸時代以降は立春(毎年2月4日ごろ)の前日を指す場合が多くなりました。

節分の行事はもともと宮中での年中行事でした。延喜式で見ると、宮中ではこの日、色をつけたした土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾りました。
もともと、この節分の鬼を払う悪霊ばらい行事は、平安時代頃から行われている「追儺(ついな)」(矢で鬼をはらう中国の風習)から生まれました。
『続日本紀』には706年(慶雲3年)にこの追儀が始まり、室町時代に使用されていた「桃の枝」への信仰にかわって、炒った豆で鬼を追い払う行事となっていったとのこと。『
臥雲日件録(瑞渓周鳳)』によると、1447年(文安4年)に「鬼外福内」を唱えたと記されています。近代、上記の宮中行事が庶民に採り入れられたころから、節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになりました。
一部の地域では、縄に柊やイワシの頭を付けた物を門に掛けたりするところもあります。これは、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うためのものです。

天橋立について知りたい!

天橋立は、宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てて海の上に横たわる全長3.6kmの砂と松の道です。地学上では砂州です。また、それを含めた周辺地区の総称として使う場合もあります。一帯には約8,000本の松林が生え、東側には白い砂浜が広がります。

人が逆さになって見ると、天に架かる橋のように見えることからこの名がつきました。北側の傘松公園から「股のぞき」で見るのが名称の由来でもあり、古来から多くの人が訪れ、天界のごとく美しいとされている。この眺望は、「斜め一文字」と呼ばれています。
天への架け橋とも言われています。

古くから名所として名高いため、深い歴史があることだけでなく、文化・芸術・文学の題材として取り扱われてきました。
百人一首の小式部内侍の歌「大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天橋立」はあまりにも有名です。また与謝蕪村が3年滞在し、修行に励みながら、多くの秀作の基盤となる豊かな情緒を培った場所でもあります。
丹後国風土記には、イザナギが天に昇るためのはしごが、イザナギが寝ている間に倒れて天橋立になったとの記述があります。江戸時代から松島(現在の宮城県)、宮島(現在の広島県)とともに日本三景の一つに数えられました。

成り立ちは今から約4000年前とされており、丹後半島の東側の河川から流出した砂や小石などの砂礫が海流により流され、天橋立の西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかったことにより、ほぼ真っ直ぐに砂礫が海中に堆積して形成されたと言われています。

1952年(昭和27年)11月22日に国の特別名勝に指定され、また日本の白砂青松100選にも指定されています。1955年6月1日には若狭湾国定公園の一部として国定公園に指定されていましたが、2007年8月3日に丹後天橋立大江山国定公園として独立しました。2007年には日本の地質百選に選定されています。

ただ今、文化庁に対し世界遺産暫定一覧表記載資産候補としての提案を行っています。現在は「提案書の基本的主題を基に、作業を進めるべきもの。」 という評価を受けており、これは暫定リスト入りできなかった案件の中ではトップクラスの評価を受けたことを意味しています。

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山陰海岸の魅力的ところ、伝説より

竹野川が、丹後半島を蛇行しながら縦断し、日本海へと注ぎ込みます。後ケ浜海岸の白い砂浜が広がり、立岩が威嚇するように、海上にそびえ立つのが眼前にあらわれます。
高さ約三十メートル、周囲約一キロもあり、京都百景にも選ばれている巨大な玄武岩がこの立岩。この自然岩が、大江山の鬼退治伝説の最終舞台だと言われています。
近くの竹野神社に残る「紙本著色大明神縁起」が色彩細やかに五段構成の物語としてこの伝説を描いています。

今から約千四百年前、南約五十キロにある大江山にすむ三匹の鬼が非道の限りを尽くしていました。見かねた推古天皇がその征伐を聖徳太子の異母弟の麿子親王に命じました。親王は伊勢神宮に参拝し、七仏薬師像を彫って退治を祈願しました。四天王の部下や神犬、神馬を従えて鬼と激しい戦いを繰り広げ、授かった神剣の力で二匹を退治しましたが、一匹が逃走しました。はるかかなたの立岩まで追いつめた親王は、必死に抵抗する鬼を岩穴に落とし入れ、七仏薬師の加護で天から大岩を落下させて鬼を閉じこめた、といわれています。
かつて江戸時代には、霜月(十一月)丑(うし)の日に「鬼祭り」が行われ、立岩に米を供えて鬼の魂を鎮めたといわれています。岩の入り口には今も小さな祠(ほこら)があり、お参りする人の姿が見られます。
立岩は、その毅然とした姿から芸術の材料にもなり、被写体としての魅力にあふれています。夏は照りつける太陽に向かい、冬はたたきつける波浪や吹雪に身じろぎもせずに凛とした様子をみせています。

一帯は弥生期の竹野遺跡や古墳期の産土山古墳、神明山古墳などの遺跡も多く、古代ロマンの宝庫にもなっています。